![]() 「そういやさ、ここの奥から二番目の部屋、こないだ掃除してたんだってな」 「え、なんで?」 「馬鹿だな、編入生が来るからに決まってるだろ」 大きく開け放った窓の枠に腰掛けて、春の日差しを全身に浴びている少年のこげ茶色の髪が、風に吹かれて舞い上がる。部屋の中で一人苦労しながらベッドのシーツやら毛布やらをはずしてたたんでいたもう一人の少年は恨めしげに、気持ちよさそうに額をさらした少年の横顔のくっきりした輪郭を見上げた。 「それより手伝ってよ。何しに来たんだよ」 手伝ってくれると言うから連れてきたのに、こんなことなら誰かほかのやつを引っ張って来ればよかった、とまっすぐな黒髪のリオと呼ばれている真面目そうな少年は内心思った。しかしそうは言わずに、リオは窓枠の少年を見つめる。 「チュニってば」 チュニ、と呼ばれた少年は、しぶしぶながらも窓から降りる。 「こんないい天気なんだぜ。せっかく春になったんだし、太陽と仲良くしたいだろ」 「何訳わかんないこと言ってんの。・・・だから、今日布団とか毛布とか干すんだろ」 言いながらリオはチュニに布団の片端を持たせた。きちんとたたんでいかないと干し場に着くまでに崩れて大変なことになるのだ。 「でも編入生って大変だよな。なんで学期始めにこないんだろ」 ふ、と顔を上げたチュニが開けたままにしてあるドアの方を見て声をもらした。 「あ」 思わず振り返って見てしまったリオは、廊下を濃い緑色のローブを着た教頭先生が通り過ぎていくのを眼の端でとらえた。そしてその後を大きな四角いかばんを下げた少年がついていく。 「あれ・・・」 「編入生だっ」 チュニが布団を放り出してだだだっと部屋の入り口まで飛んでいく。リオもそれに習う。案の定奥から二番目の部屋の前で教頭先生は立ち止まった。その様子を二人でこっそり覗き見る。 「運がいいな、おれたち」 チュニがささやいてよこした。その編入生は教頭先生の言った何事かを姿勢良く立ってきき、頷いている。白い帽子をかぶっており、長めの髪がそれからはみ出ていて、品の良い黄緑のシャツと膝丈のズボンをはいていた。すらりと伸びた健康そうでしなやかな体つきだ。身長からすると中等部にいるくらいの年齢のようだ。 教頭先生が部屋のドアを開け編入生を導き入れるときびすを返した。リオとチュニは乗り出した身をあわてて引っ込めて部屋の中に戻る。先生が通り過ぎて階段を下りていく足音を耳をそばだてて聞き、それが遠のくや否や競って例の部屋の前まで行った。 顔を見合わせると、チュニが真剣な顔をしてドアをノックした。ドアを隔てた向こうで人の気配がし、息をつめて待つ二人の前でそのドアがそっと開いた。 きれいな眼だった。 切れ長で、黒玉のような双眸が二人を静かに見つめた。帽子はまだかぶったままだったが、その聡明な顔立ちはあらわで、やけに大人びて見える。顔の横にかかった髪も眼と同じ漆黒で、ビーズや羽でできた細い飾りが左側にだけいくつか垂れ下がっていた。 「あ・・・えと」 その少年が戸惑ったように口を開いた瞬間、チュニが彼にずいと近寄った。 「おれ、チュニ。よろしく」 そして半分だけ開いたドアと少年を押しのけるようにして部屋へ入り込んだ。 「ようこそアーシュナルへ。名前、何?」 「ちょっとチュニ勝手に入っちゃ駄目だよ」 編入生は眼をぱちくりさせてチュニを見たが、リオへ向き直って小さな声で言った。 「あ、君も・・・よかったらどうぞ。・・・何もないけど」 想像したとおりの落ち着いた声だ。 「・・・どうも・・・」 リオもその本当に何もない部屋に入った。チュニが勝手に窓を開ける。途端にさぁ、と風が吹き込んでくる。その風を眼を閉じて受け、チュニが振り返った。 「ね、なんて呼んだらいい」 「・・・ラナリット」 生真面目な顔で編入生が答える。 「あ・・・ラナリット。ぼくリオっていいます。部屋が近くなんだ。隣の隣の隣。よろしく」 リオが差し出した手も、彼は表情を変えないまま握り返した。黒い瞳がじ、っとリオを見つめる。まるで値踏みされてるみたいだ、とリオは少し居心地悪い思いをする。 「歳は?いくつ」 裸のベッドに座ったチュニが問う。 「・・・14」 どうもこの編入生はとっつきにくそうだと内心リオは思う。同い年のくせにやけに落ち着いている。 「・・・じゃ、おれらと同じくらいだ。初等部に入るわけ?」 「いや、おれは学院通ってたから中等部から」 「なんだ、おれたちも中等部だからさ、わかんないことあったらなんでもきけよ」 に、とチュニがラナリットに笑いかけたのと同時に、開いたままになっていたドアから声がした。 「あれ、編入生?本当に来たんだ」 廊下から小柄な少年が覗き込んでいる。ずかずかと入ってきて、まだ突っ立っていたリオの背後からラナリットの顔を見た。 「わー・・・美人さん・・・こりゃまたドゥアが喜ぶな」 ラナリットは何度か瞬きしながらその闖入者を見ていたが、彼が口を開く前に廊下の方でまたもや声がした。 「何やってんのお前らこんなとこで・・・あ、本当だったんだ噂・・・」 その少年はラナリットの姿を見て眼を丸くした。 一瞬動きを止めてからためらわずに部屋に入ると、ラナリットから一歩離れたところに立ちそのつま先から頭の天辺までをざっと見る。 「・・・ようこそアーシュナルへ。ぼく君の隣の部屋なんだ。よろしく。君、名前は?」 「あ・・・ラナリット」 「おれはその逆の隣ね。一番奥の部屋。で、こいつがドゥア。別にこいつ変な趣味とかないから安心して」 リオの背後から出た少年が言う。ラナリットの顔を妙な熱心さで見ていたドゥアが振り向いて小柄な少年を見下ろした。 「こいつって言うなこいつって。それに変な趣味って何だよ」 「別にー」 ドゥアの鮮やかな緑の眼が面白そうに光った。眼下の少年の頭をがしっとつかんで引き寄せる。 「こいつはジェイ。こっち側だけ髪が長いのがトレードマーク」 首を抱きかかえてジェイの右側だけ長い部分の髪をぐいっと引っ張る。 「っちょっ痛いってドゥア」 「あ、あの」 ラナリットが口を開く。 「でもさ、なんで学院からこっち来たわけ?王都のほうが何かと便利なんじゃないの」 チュニの声がそれをさえぎった。 「え、うそ学院から来たの」 ジェイが驚いてドゥアの手から逃れようとしていたのをやめる。 「なんでまた」 「いや、あの・・・」 「あ、もしかして聞かない方がよかった?ったくチュニはいつも余計なことするんだから」 「何だよそれ」 からかうように言ったドゥアにむっとしたチュニがきっとにらみつけた。ドゥアはそれを受けてジェイから手を離してチュニに向き合う。その隙にジェイはラナリットに近寄った。 「おれ初等部なの。だからいつもドゥアにいじめられてさ」 哀れっぽくラナリットを上目遣いに見上げたジェイに、リオが笑う。 「嘘だよラナリット。ジェイはドゥアに一番可愛がられてるんだから」 「うわ、言うなよリオ」 「あ、あの」 「あ、ごめんおれたち邪魔しちゃってる?昼までに部屋整理したいよね」 何か言いかけたラナリットに、ジェイが先回りしてにこっと微笑んだ。 「いや、そうじゃなくて」 「あぁ、手伝おうか?ベッド整えるとか。おれたち年季入ってるからうまいよ」 リオが申し出ると、黒髪の編入生は余計に困ったような顔になった。 そのとき、背後でくすくす笑う声がした。 「あれ、エーレいたの」 入り口に寄りかかって、すらりとした少年がこらえきれないように笑い声を立てていた。ふわふわとゆるく波打ったやわらかそうな茶色い髪が顔を縁取っている、ほっそりした少年だった。 「君たち、編入生にしゃべらせてあげないんだもの。さっきからずっと何か言いたそうにしてるのにさ」 部屋にいた少年たちは、そろってラナリットを見つめた。ラナリットはそれぞれの顔をちらりちらりと見てからその戸口の少年を見、傍で見てもわかるくらいに赤くなった。そしてもう一巡少年たちを見回し、どうにか笑みのようなものを表情に上らせて口を開いた。 「・・・あの、はじめまして。これからよろしくお願いします」 |