九時半に待ち合わせて、映画。ハリウッドのアクションものをど真ん中の席で見た。昼食はファーストフードで済ませ、そのあとゲーセンで二時間ばかり遊んだ。
 日曜日、僕と朝日はデートをした。
 両方の母親と僕らの四人で、だいぶ昔にジブリの映画を見に行ったことを思い出したけど、今回とその時とでは何かが決定的に違う。朝日も僕も、少しよそ行きの服を着てきたし、まるで彼氏と彼女のように歩いた。
 僕は結局、母親に「朝日と二人で遊びに行く」とは言えなかった。「友達と映画を見に行く」。これは事実だけどなんか違う。朝日との関係は確かに幼馴染の友達、としか言えないけど、僕の中では朝日は朝日だった。
「外、出よう」
 コインを一枚残らず使い切った朝日が言う。僕らはどうでもいい話をしながら騒々しいゲーセンを出た。今日は本当にいい天気で、太陽がまぶしいくらいだ。朝日がぅん、と伸びをした。
「あー楽しかったぁ。冬太は?どうやった?」
「朝日は勝ちまくりやったやん。おれや負けてばっかやし」
 少しおどけて答えると、朝日は笑いながら、ほんのちょっとまじめな顔をした。
「ちゃうよ。今日のデートはどうやった、ってきっきょん」
 初めて朝日の口から「デート」という言葉を聞いた。メールで一度だけ、ほとんど冗談のようには使われたけれど。
 僕はちょっと考えた。ここで素直に「楽しかった」って言ったらどうなるか。それとも当たり障りなく「ふつー」と答えるべきか。
「・・・楽しかった」
 結局素直に答えた。
「ナニ、その微妙な間は」
 朝日は含み笑いをした。
「正直に言いよ。怒らんし」
 ・・・いや、そう言われて「楽しくなかった」と言えるやつはいないと思うんだけど。
正直言って、楽しかった。ホント言うと、朝日は幼馴染の仲でも、僕にとってちょっと特別な存在だったのだ。今一番家が近くて(自転車で10分くらいか。遠いとこは車で二十分くらいかかるからその差は激しい)、両方の母親も仲良しで、さらに年上とはいえ一番歳が近い。うちは兄弟二人だし、幼い頃から一番そばにいた異性なのだ。淡い恋心のようなものを抱いてたって不思議じゃないだろう?
 好きだ、って意識したことは全然なかったけど、でもそれでもやっぱり朝日はトクベツなのだ。だから今日一日二人で過ごしてすごく楽しかったし、実を言うと今日、けっこうしばしば、目線のはるか下で揺れる朝日の髪やちょっとぽっちゃりめの手に触れたいと思った。やらなかったけどさ。
「ほんまやって。おれもすっごい楽しかった!」
 朝日は一瞬だけ真剣な顔をして僕の顔を覗き込んだように見えた。でもすぐにふいっと向き直ってしまう。
「じゃ、感想も聞いたとこで、今日はお開きにする?私チャリ図書館に置いてきたけんさ、送ってってよ、そこまで」
「え、そっから一緒に帰らんの?」
「んーCD借りようかと思っとるけん。冬太は先帰りー」
 内心ちぇ、と思いながらも、僕は朝日を後ろに乗せて図書館まで送って行った。
 二人乗りって、けっこうイイ。朝日は乗りなれてるみたいで、ほんのちょっとだけ僕のシャツを握って横座りに女の子らしく乗ってた。しがみついてくれる方が、男としては嬉しいんだけど、まぁいいや。
 図書館の前で、朝日をおろす。
「冬太慣れとんやねー。全然ふらふらせんかったけん、乗り心地悪くなかった」
 乗り心地よかった、ではなく乗り心地悪くなかった、と言うところが朝日らしい。
「朝日は重かったなあ」
 そんなことを言ってやると、朝日はふくれて僕をぶつ真似をした。
「酷い、そんなには重くないもん」
 ぅん、前に乗せてたモトカノより軽くて本当はこぎやすかったんだけど。
 朝日はすぐにいつもの顔になった。
「じゃ、またな、冬太。今日、ありがと」
 そして彼女の手が自転車に乗ったままの僕のほうに伸びてくる。あれ、と思ったときには朝日の唇は僕のそれに重なっていた。
 え、嘘だろ、おい。
 一瞬だった。でも、それは確かに朝日の唇だった。
「じゃーね」
 ひらひらと手を振って、笑って図書館の方へ走っていく。僕は呆然として立ちすくんでしまった。
 朝日が、僕に、キスをした。
 またがった自転車を置き捨てて朝日を追いかけ問い詰めるわけにもいかず(と言うかここで問い詰められる勇気なんて僕にはないし)。朝日が入っていった図書館の分厚い扉をしばらく眺めてから、僕はその場を離れた。
 なんなんだ、朝日。さっきのキスに意味はあるんだろうか・・・ないわけ、ないよな。
 もしかして、期待しても、いいってことかな。