朝日が、浴衣を着ている。紺地に花火の柄。髪はまとめてあげてあって涼しげだ。
 僕も浴衣を着ていた。拒否は一応したんだけど。涼しいけど、なんだかすかすかして落ち着かない。
 僕らは船の上にいた。
 毎年恒例の、「納涼船」。父親たちの会社が夏に社員を招いて催してくれるイベントで、大型のフェリーのような船の中で、福引やビンゴゲームやカラオケ大会をやる。また、わたあめや焼きとうもろこしやカキ氷など夏の夜店でおなじみ屋台ができて、わりと楽しい。僕たち幼馴染は、そもそも父親たちの仕事場が同じだったから始まったものだから、小さな頃には無論全員来て一緒に遊んだものだ。
 今は、そんなに来ない。
 今年の夏も、結局僕のとこの兄弟と朝日のとこの姉弟しか来ていない。
 でも、いい。朝日さえいれば。彼女の浴衣姿も拝めて、ラッキー。その点、むしろ人数が少ない方が都合がいいかもしれない。
 いつの間にか、はっきり朝日のことが好きになっていた。触れたい、とだけ思っていたのが、いつからか抱きしめたい、になった。
 近いうちにちゃんとそう言おうと思っていた。
 焼きそばを食べ終わった朝日は、きょろきょろ辺りを見回す。
「あれ、和彦は?」
「知らん。・・・あ、聡と輪投げし行ったんかも」
 大人たちは大人たちで酒と話に興じている。朝日はそのへんに置いてあったジュースを飲み干して立ち上がった。
「じゃぁヨーヨーしに行かんの?」
「行く行く」
 朝日と並んで歩く。二人で並ぶことにももうだいぶ慣れたかも。
 僕らはデッキへ出た。湿った風が吹き付けてくる。朝日はまっすぐヨーヨーのブースへ向かわずに手すりから海を見下ろした。
 しばらく黙って暗い海と、向こうの方に輝く町の明かりを眺めていた。
「・・・私さ、ヨリ戻したんよね」
 朝日が海を見たままぽつりとつぶやいた。僕は思わずその横顔を見る。ヨリ戻したって・・・ノリユキ君とか。
「やけんさ、もう冬太とデートせん」
「ほんまに?」
 間髪いれずに尋ねていた。直感的に、嘘だと思った。
 朝日は答えない。ただまっすぐ前を向いて海を見つめている。
「こっち向いて」
 ゆるゆるとこちらを向きかけた朝日に、僕はついばむようにキスをした。
 びっくりした顔で固まった朝日の目から、ぽろっと涙が転がり落ちた。
 覚悟が決まった。今、言わなきゃ、いつ言う。
「おれ、朝日のこと好き」
 告白するの、実は初めてだったり、する。
「ほんまにもう、デートしてくれんの?」
「・・・・・・でも、私年上やし」
「いッコだけやん」
 朝日はうつむいていやいやをするように小さく首を振った。
「・・・・・・幼馴染の中でうちらがつきあったら、なんか妙なことになりそうやし」
「秘密にしとったらええやん」
「無理よ、そんなん。お母さんらには絶対ばれるし」
 ・・・まぁそれは無理かなとは思うけど僕も。
「できるだけ頑張るし。ばれんように」
 ようやく、朝日が僕の顔をまともに見た。もう一押し。
「駄目?朝日、おれのこと嫌い?」
 朝日は首を振る。
「な、朝日。おれとつきあってよ」
 そう言うと、朝日の顔がぐしゃりとゆがんだ。体当たりするように僕に身を預けてくる。
「えーよ」
 それからすぐに、僕らは人目に気づいてぱっと離れたが、さっきよりも幾分寄り添って海を見るともなしに眺めながら朝日は小さな声でちゃんと言ってくれた。
「・・・さっきの、嘘やけん。ヨリ戻した、っていうやつ。けど冬太、なんでわかったん?」
 
 もちろん、愛の力だよ、朝日。