「冬太」
「なにー」
「お願いやけん一回くらい負けてよ」
「いやー」
 冬太の部屋。私たちが何をしてるかっていうと・・・ゲームだ。おなじみのキャラクターの、レーシングもの。悔しいけどずっと負けっぱなし。当たり前でしょ、コレ冬太のゲームなんだから。うちにはないし。
「じゃあさ、なんか他のことせんの?」
「他のことって、例えば?」
 言いながらも彼の目は画面に釘付けだ。こういうとこ見ると、なんかやっぱまだコドモだー、とか思ってしまう。それでもわりと可愛く見えてしまう理由は、私が彼のこと好きだからってだけだろうな、きっと。
「例えば・・・」
 私は一瞬冬太の顔を盗み見、画面上のコースがしばらくまっすぐなのを確認してから、その真剣な顔をしている冬太のほほに触れるだけのキスをした。
「っちょっ朝日!」
 あっけなく彼は集中を切らせてゲームの中の車はコースアウトした。私の車ももちろんコースアウトしてしまっている。
「いちゃいちゃする、とか?」
 そう言いいながら何食わぬ顔をして画面に向き直って吊り上げられてコース上に戻される私の車を見守った。
 だって、あの納涼船の夜の後なんだかんだで二回しか会ってないし。私は何気に受験生だし、冬太は部活で忙しいし。それに二回のデートのどっちも外だったからあんまりいちゃいちゃとか、キスとか、しなかったし。今日は久々に会えて、しかも人の目もないし、そういうことしない手はないと思うんだけどなー。
 冬太は黙ってしまった。でもやっぱりさっきのが効いているらしく、その後彼の車は何度もコースアウトしてしまい、その回で初めて、私が勝った。
「どうよ冬太!私が勝ったでー」
「・・・こんなん卑怯やわ」
 ぼそりと冬太がつぶやく。
「卑怯ちゃうよ。動揺した冬太がわーるいっ」
 嬉々として言ってやると、冬太はまた黙ってしまう。画面がコース選択に切り替わった。
「次はどこでやる?あ、海辺のやつまだいってないよな」
 明るい声で言った途端、すっと冬太の身体が私の方に寄せられた。
「朝日」
 耳元でささやかれて、反射的にすぐそばに来た冬太の顔をまともに見てしまう。
「おれ、朝日といちゃいちゃしたい」
 耳が赤くなっている。言った本人は恥ずかしくてたまらないみたいだけど、私はもうそんな冬太が可愛くてたまらない。
 うん、私もいちゃいちゃしたいよ、冬太。
 けれど私は、さも余裕があるように冬太の真っ赤になった耳たぶに手を伸ばした。
「冬太、耳、真っ赤やで」
「・・・恥ずいんじゃ」
 思わず私は笑ってしまった。冬太、可愛すぎる。
「・・・・・・私も恥ずい」
「けど朝日の耳、赤くないで」
「冬太ほどわかりやすくないもん」
「何言いよん」
 冬太も笑って、そして彼の唇が私のそれに触れた瞬間、表で車が砂利を踏むじゃららららっという音がした。
 ぱっと離れる。
「やば。母さん帰ってきた」
「え、ちょ、待って、どうしよ」
「荷物まとめとき。おれ下行って靴取ってくる。朝日ベランダから帰り。塀から降りれるけん」
 冬太は慌てて立ち上がると落ちるんじゃないかという勢いで階段を降りていった。私は広げてあった荷物を鞄に入れて冬太を待つ。
「あれ、冬太おったん?」
 玄関の方で修子ちゃんの声がする。
「母さんこそ早かったやんか。もっと遅いんかと思っとったのに」
 言いながら冬太が階段を上ってくる。私の顔を見て手招きをした。隣の部屋へと連れて行かれる。
「・・・・・・なんで今帰ってくるんやろ・・・」
 その顔があまりに残念そうだったので、私はこっそり笑った。冬太はベランダへ通じる窓を音を立てないように開ける。
「これからやったのんな・・・」
 声を潜めてそう言い、拝むまねをして見せた。
「ごめん朝日、予想外やったわ。家までチャリで送るけん、そのへんで待っとって。すぐ行く」
「どっから降りるん?」
「あー。そっち、木ぃとか、気をつけてな」
 そして冬太は盛大なため息をついた。私はまた笑って、その顔を覗き込んで言ってやった。
「いちゃいちゃは、また今度な?」
 冬太は少し唇をとがらせて答える。
「・・・・・・近いうちに、な」
 やっぱりその表情が可愛くて、私はついとその首に腕を回した。とがった唇に、唇を寄せる。サービスで舌までちょっと入れて、離れる。
「近いうちに、な」
 目をまん丸にした冬太を後に、私はベランダの手すりを乗り越えた。

 あれ、冬太、舌とか初めてだった?まっさかね。